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2014-07-14 16:40 | カテゴリ:長崎no偉人
ジャンル:地域情報 テーマ:長崎
順天姉です。

かなり前ですが、長崎の女たちという本を借りたのですが(←活水の方ありがとうございました~♡)、とっても面白かったので、2集を購入してみました。
↓こちら~♪



その中に、鳳バレエの鳳洋子先生の話があり、うちの娘がバレエを習っているのもあって(^^;)興味深かったです。

順天の近所にも「かとうフィーリングバレエ」というバレエ教室があるのですが、ここもめちゃめちゃ老舗なスクールで、私が生まれる前からある~(@_@;)
↓こちらかとうフィーリングバレエの加藤久邦先生の本です。
長崎に舞う―魂のlove and lucky (シリーズ:長崎文献ライブラリー 5)

鳳バレエの鳳洋子先生は大正6年に長崎市の稲佐で生まれ、活水女学校時代に石井獏バレエ団の長崎公演を見て、バレエの道に入ったのだそうです。

石井獏先生の本出てます。東京の自由が丘の命名者なんだとか。
↓めっちゃ厳しいレッスンをする先生だったそうな~


戦後、独立して長崎で鳳バレエ研究所を開いたのが、昭和26年だそうで、第一回発表会も昭和26年。三菱会館で行われ、お客さんは長蛇の列だったそうです。

原爆が昭和20年なので、それから6年でバレエをみんな見てたんだ~生きる力はすごい

その鳳バレエを出た方々は数知れず・・・原田知世さんとお姉さんの原田貴和子さんもなんだとか・・・。

長崎では赤い靴バレエというところも有名で、友達が入っていたのですが、その赤い靴バレエの先生も鳳バレエの出身者なんだそうで、その赤い靴バレエで習っていた西先生は順天妹の先生・・・というようにダンサーのループがすごすぎる

長崎っておくんちがあったりするからか?
長崎の気質、のぼせもん(←お調子もんという意味です)が多いからか?

おくんちは江戸時代から始まっていますが、途中の戦争にもめげず、原爆の年にも行われたらしいですし、そんなことからも踊りが好きな市民なのでしょうか?

今は、加藤先生や鳳先生から巣立った多くのお弟子さんたちが、長崎市だけでなく、各地で先生をやっていらっしゃるようで、その先生からまた巣立ったら、どこまでダンサー人口が増えるのでしょう。

先日、長崎のストリートダンスを率いているR-PROJETの核となるRED WINDSORというダンスチームが30周年記念ライブを長崎市平和会館で行なったそうですが、ストリートダンスのシーンでも、長崎のダンス人口を増やしています。

でも踊っていられる世の中はとても平和だからだと思います。

不安定な世の中になると、踊りはまず「自粛」になっちゃうもんね。

娘ももうすぐ発表会なんですが、この平和な流れの申し子なので、楽しく踊ってほしいです。
そして、この流れをさらに子どもたちに伝えていけるといいなぁ(^^)

↓娘は3歳でバレエを始めたのですが、体力をそぐために始めたので、原田知世さん、貴和子さんが始めた理由とはえらい違い貴和子さんが泣き虫だったからお母さんがすすめたのだそうで、そのついでに原田知世さんは習い始めたのだとか~。知世さんは2歳だったそうですよ。娘は暴れん坊でさえなかったらバレエの道は歩まなかったと思いますぅ(;´Д`)
バレエ発表会
↑ちなみに発表会で緊張しているからこの表情なのではなく、熱があったからです。熱でも発表会頑張った4歳。普段は発表会でもはっちゃけていて、きっと鳳バレエで習っていたら、毎回怒られていたハズ^^;

鳳洋子先生は平成4年、40回発表会で引退。平成10年にお亡くなりになったそうです。
今は愛花バレエ教室と名前が変わって、ここからもダンス人口が増殖されているようです(^^)

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