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2012-09-28 22:55 | カテゴリ:長崎woさらかんば
ジャンル:地域情報 テーマ:長崎
順天姉です。

夏休み、長崎帰省中のある日、親戚のおばちゃんが、「観光丸に半額で乗られるって広報ながさきに載ってたけどいかんね?」

と、「行く、行くさ~

しかし、「長崎県内在住の小・中学生とその保護者」が対象のサービスだったのですが、「帰省してるんですけど、親戚の子どもと一緒にだめですか~?」とダメもとで企画会社の「やまさ海運」さんに電話をかけると、「親戚のおこさんと一緒にきてくれればいいですよ~」と。

やった~

長崎から船が出るといえば、大波止、ターミナルの船着き場から出航!!
長崎港

ターミナルには桟橋がふたつあって、こんな船や、
長崎港
こんな船~↓軍艦島クルージング船発見。
長崎港

あった~これだ~!!観光丸。1855年(安政2年)、長崎海軍伝習所練習艦としてオランダより江戸幕府へ贈呈された軍艦です。今はほんとに観光船だけど~。
長崎港
長崎港
↓オランダで作られただけあって、こんな像が~^^;船の安全を守るため,あるいは目的地へ安全に到着するように~ということで船首像はつけられているんだとか・・・。
長崎港
長崎港

船内は、木造でぴかぴかひかっていました~。

↓パンキライ、イロコ材という木材を使っているらしいです。
長崎港
長崎港

↓ここにも女人の像が~・・・さすがオランダで造られただけあるわ~^^;
長崎港

↓初代観光丸もオランダで造られ、「スンビン号」と命名され、長崎海軍伝習所へ~。その後「観光丸」と改称し、幕府海軍の練習艦として使用されるようになったのだとか。で、三重や神戸で運用され、名前も「観光」と改名。明治九年に廃船となりました。が~昭和62年にオランダ国ハウスデン市フェロルメ造船所にて復元建設されます。
長崎港
で、平成19年に経済産業省の「近代化産業遺産」に認定されました。おお~2代めでやっと日の目を見たのね~
長崎港
↓そんな経歴の観光丸なんで、「俺たちもいるぜ!」と幕末の志士たちの写真も~。
長崎港

そして船室を出ると、

↓船の内側もぴっかぴか。
長崎港
↓が、このおちゃめさはなに?
長崎港
↓こちらも見逃せません。2代目観光丸はオランダ村・ハウステンボスで運航していたんですもん。
長崎港

↓空を仰げば、さすが帆船。わけわからんロープがぎっしり。このロープを操れるなんて「神」だわ
長崎港

私が船の中をぐるぐる回って喜んでいるさなか、いざ出航!さらば出島ワーフ。
長崎港
長崎港脇には出島ワーフという飲食店街があるのです。このあいだ「おにぎりあたためますか」でもロケにきてました。
長崎港

さらば稲佐山~。

↓夜景がきれいで有名な稲佐山ですが、カップルで行くと別れる・・・なんて話もあったりします。
長崎港

さらば旭大橋~。

長崎市は西と東を長崎港に注ぐ浦上川が分かっており、海のたもとの浦上川にかかる大橋を旭大橋といいます。かつて福山雅治さんは「旭大橋の赤い流星」と呼ばれていたらしいです。
長崎港
長崎港


目指すは女神大橋の先~。

↓女神大橋は私が長崎にいる時はまだできてなかったです。できるできるって聞いてたけど、ほんとにできるとは思わなかった~て感じの橋です。だってできるまでにすんごい長くかかったもん。長崎の東の土地には、女神というところがあって、西の土地には西泊(にしどまり)というところがあります。ちょうど長崎港の第一関門ってかんじになっています。
長崎港


そこまで到達するまでに、

西の海岸には三菱重工長崎造船所が~。
↓私が見た時は自衛隊の船と・・・
長崎港
↓ノルウェーの海運会社の船で、自動車を運ぶための船が、停泊していました。修理かな?
長崎港

ほんでもって、女神大橋の下を通りぬけ~。長崎港
あ、神社めっけ。神崎神社というらしいです。行ったこともなければ観光丸に乗らなければまったく気がつかなかったかも・・・後で調べてこんなブログ記事をみつけました。→こちら~♪)
長崎港

↓そして、高鉾島が見えてきました。今は無人島で、上陸すらもできないんですが、昔はキリシタンの隠れ場所だったらしいです。弾圧されて不便な場所へと潜伏していたらしいです。しかし、見つかっちゃって、禁教令がでて初めてキリシタンが処刑されたのがここなんですって。オランダ人はパーペンベルグ(キリシタンの島)と呼んでいたらしいですよ。
長崎港

他、ねずみ島(皇后島)とか、神の島とか長崎湾には小島があったらしいのですが、私が生まれてからは陸続きになっていて、島ではなくなってました。

ねずみ島は昔、海水浴場で、水泳指導の場所だったらしいです。順天父と母がねずみ島が閉鎖されると聞いて最後の海水浴に私を連れていってくれたらしいのですが、私はまったく記憶に残ってなくて、後で写真で知りました。

水泳指導の場を作った「長崎遊泳協会」は、なんと会津藩士が作ったらしいです。
長崎を離れて今は東北にお住まいの方のHP記事と、→こちら
長崎を離れて今は関西にお住まいの方のHPの記事で知りました。→こちら

私が長崎市民プールはいいなぁって思っていたんですが、その前身のねずみ島海水浴場あったればこそだったんですね。

記事を読まなければ、長崎市に住んでいたくせにちっとも知らなかったし、「皆水泳」教育もちっともわからなかったかもです。

でも、楽しんで泳ぐというのはもらったかも~。たくさんは泳げませんが、習ったわけではなく、好き勝手に水で遊んでいたら勝手に泳げるようになっていたって感じで、きっと昔の水泳教育はこんな感じだったんじゃないかと思います。

そんな島を後にして、このまま伊王島まで行く?ってところで引き返してきました。

その間息子はふらふらと~。親戚の子らと私の子らみんなこんな感じで、あっちこっちでかくれんぼか?って遊んでて全然外みてなかったです(;_;)
長崎港

そんでただいま~ってもどってきちゃいました。大人たちはその景色に、その船体に、その船室に「おお~」となっていたのですが~^^;
長崎港

船を下りる時、観光丸航海体験証明書をもらって、これが子どもたちの心に、そして大人の心にもヒットしてました。
長崎港
長崎港

観光丸の「観光」とは、中国の『易経』の「観国之光(国の光を観る)」からとったものなんですって。今の「観光」って言葉もここからきてるらしいです。

その土地、土地の光を観ることが「観光」ってことなんだと思います。

長崎市の地の光を満喫できる「観光丸」クルーズでした~

夜に長崎港を通ったら、ホントに観光丸が光ってました。
長崎港

女神大橋もね。
長崎港

やまさ海運のHPで観光丸長崎港めぐりをやっているようです。→こちら~♪
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